徒然日記

日常の些細なことのキロク。心に残る映画のことを積極的に紹介。

17歳の1年留学を思い出して。

昨日のアナザースカイ、ニュージーランド

フリーアナウンサー皆藤愛子がゲストでした。

 

見ていて5年前...4年前か。留学生活を 思い出しました。

この方も高校のときに10ヶ月間留学してたんだと!

ネイピア、、、誰か友人も留学していたのかな?

ちなみに私が約11ヶ月間すんでいたのは、

Te Awamutu (テアワムツ)というオークランドから車で1時間半ほどの場所です。

このAwamutuの意味は、マオリ語で「バラ」の意味だそう。Teの意味が思い出せない。

f:id:chihalun_lun:20140222171124j:plain

 

私が住んでた町は、そんなに田舎でもなければ都会でもない。

 Hamilton(ハミルトン)というちょっとした町にも

バス1時間ほどでいけるので、そこまで辺鄙な場所ではなかったかと。

 

ですが、何が1番不便だったかというと、

交通ですね。

バスも1時間に1本だったり、ちゃんとした時間にこないし、

電車なんて通っていない。

だからニュージーランドには車は欠かせないのです。

 

アナザースカイをみてじわじわ思い出したので、

しばらく自分の留学日記でも書いてみます。

ここから何か自分にひっかかっていたものや

当時の自分が好きだったことや楽しかったことがふと分かるかもしれないし

2009年という1年間のすべてを、なるべく思い出して徒然なるままに

自分に起きたことを書いていこうと思います。

 

”留学”というと

英語が自然とペラペラ話せるようになる、

現地の子と仲良くなって友達になれるとか、

実際のホストファミリーとの生活は描いていたものとは全く違っていたし、

すべてが新鮮すぎて、初めはカルチャーショックが大きかった。。

 

携帯なんて現地に持っていってないし、

スカイプも両親パソコン音痴だから出来ないし、

学校のパソコンを使ってメールするくらいだったなー。

 

f:id:chihalun_lun:20091110083255j:plain

↑ 学校

 

NZの写真とか探しているんだけど、

facebookに当時の写真がそんなにない。
というか帰国して、数枚アップしたんだけど
別人のようなので消したのもあるw。
 
パソコンとかスマフォなんて持ち歩いていなかったし、
本当に親元を離れた感はめちゃくちゃあったのは感じます。。
 
もし、また1年間留学できるなら、
SNSを利用して、
日常に起きた出来事を英語で更新していきたいな〜とは思う。
 
毎日11ヶ月間英語で日記は書いていたので、
読むと思い出せるけれども、そんなことあったけ?というのもある。
 

1年留学、、、

毎日がめちゃくちゃ楽しくて、はっぴーでは無かったと思う。

友達が中々できなかったりとか、

ホストシスターには毎日腹たってたし、

授業でバカにされたりもあったけど、

まぁ、自分が動かないと何も変わらないんだなと感じました。

波瀾万丈

 

な1年間でした!

 

・ball party:6月に開かれるseniorだけが参加できるパーティ。

・え〜と、赤、黄色、緑、靑?に別れたスポーツ大会?みたいなの。

・no uniform day:制服着ずに好きな格好で学校登校...(浴衣を着てってホストマザーに言われたけど、実際に着たのかは覚えてない。)

・drama(演劇):踊るしか出番がない。当時は”CHICAGO”がテーマだった。

・band:フルート習う。

・スクールトリップ:ロトルアの家族と再会。

・ホストマザー(ミシェル)の親戚と南の島trip。

・ミシェルの知り合いのパーティ:死ぬほど食べて吐き出しそうになる。

・犬2匹がpuppyを産む:10匹に増え一時期、鳴き声ひどくて寝れない。

・1つ下のホストシスター彼氏と分かれ家での空気が悪くなる。

・ミシェルと喧嘩:気まずい感じになる。

・choir(合唱クラブ):入った1ヶ月後人数が少なく無くなる。

・毎週日曜日に通う教会。

・dance party in Te Awamutu collegeの体育館:ドラッグやっている人いた(多分)

・スイミングジムに通う

 

当時の日記を読み返すとまだまだあります。

今だから笑えることを

 気が向いたらざっくばらんに、何が起きていたのか書いていきます。

 

f:id:chihalun_lun:20091112111059j:plain

だれw

 

USBに数枚写真があっただけだった...実家に帰ればああるはず。

 

(続く...)